くろきちのダイエット・ニキビ肌ブログ

肥満歴=年齢のくろきちです! 2020年こそ標準体型になるんだ!という強い意志を持ち、82.45kgからダイエットを再開しました。(一時期ダイエットで69kgまでいったがリバウンド…) 普段はYouTubeでミニマリストの情報やお片付け中継の2チャンネル運営していますが、ダイエット成功させダイエットチャンネル開設することも目標の1つです! おデブの皆さまよろしくお願いします!

くろきち体型の歴史【肥満歴=年齢】

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こんにちはくろきちです(@kurokichibiyou)
今回は肥満歴=年齢である私の体重の歴史を振り返ります。
ある日突然太ったわけではなく、幼少期から肥満のエリート中のエリートです。
私の黒歴史を晒すことでやる気のおすそ分けができれば嬉しいです!

※思い出多めなのでくろきちに興味ある方だけどうぞ😊
昔のおデブ写真は実家に帰って見つかったら随時貼っていきます。
最近の物は貼っています。

1991年生まれる~幼稚園時代


生まれた時は2,700gくらい。ほんの少し小さいくらいだった。
しかし、何故か幼稚園児になると既に周りよりも大きかった。
他の子と比べ、身長も体重も大きい自覚はあったが特に困ることはなくそのまま生活。

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しかし、ある時幼稚園の通信簿(?)(何かはわからない)みたいなものに
親へ宛てたメッセージを読んだところ、

「標準体重を上回っているので、生活を少し見直した方がいい。」みたいな文章を見つけてしまいショックを受ける。

私って大きくてダメなのね…と…

小学1年~4年生まで


地元の小学校に入学。

小学生になっても周りよりも大きい体は変わらず、背の順では一番後ろから2番目が定位置だった。
地元は治安も良い場所で、特に激しいいじめとかはなかった。

デブにありがちな「面白い」「明るい」「優しい」と思われるキャラを手に入れ
それなりに楽しく過ごしていた。
けど、周りからはデブって思われていたに違いないし、標準体型の子を羨ましくも思った。

痩せたいという気持ちは小4の時には確実にあった。
身体測定では、友達に見られないか本当に不安だった。

しかし、実家は「食べろ、食べろ、食べろ。」の圧が結構強めの家だったし、
私自身も我慢とか、お腹空いてないとか嘘もつけず沢山食べた。
それに沢山食べた方が母が喜んだ気がする。


小学4年生で40キロは超えていたと思うし、生理もきた。
母からは「もう生理きたの」とめんどくさそうな対応を取られ悲しくなった。
そらデブなんだから早く来るでしょ。あんたがデブの私を作った癖にとは言えなかった。

小5~小学校卒業まで


小5年生からはシンガポールに引っ越しをした。
ずっと父親はインドネシアに単身赴任をしていたのだが、
シンガポールに移動となり、そのタイミングで一緒に暮らすことになった。

というのも、小学生の作文かなにかで
「おじいちゃんが父親だと思った」みたいなことを書いたらしい。(記憶にない)
それを見た母親が、一緒に暮らさなくてはと思ったので
シンガポールに行く?」と聞かれ即答で「うん!」と答えたのだ。
なんか新しい環境で新しい自分になりたかったんだと思う。

シンガポールに引っ越しをしてからはまた一段と太った。

何故かというと、美味しい食べ物が超手軽に買えるし、日本よりも若干安かったから。(食べ物は)

ホーカーといわれる、飲食店が集まった施設がいたるところにあるのだ。
テナントの中だけでなく、外にもホーカーはありまくる。

他にも炭酸飲料のおいしさを学んでしまった。
7upって超おいしいの。
あと、学校から帰ってきたらプリングルスをまるごと1本1日で食べきったし、あっまいチョコも毎朝食べた。

相変わらず痩せたい意志はあるものの、その意志を上回るスピードで肥えだした。

今はなきサイト「きれいカフェ」を毎日のように見て、ダイエット方法を調べたりもした。

沢山肥えたのに優しい友達が多かったからかすごく楽しく過ごせた。

中1また日本に帰る


シンガポールで小学校を卒業した私はまた日本に帰ってきて地元の中学に入学。
元々地元なので、友達はいた。

この時確か61キロはあった。中1の平均は多分45キロくらいだと思う。
周りの友達よりも大分重い。

しかし、バレーボール部に入部したおかげでこれ以上は増えなかった気がする。

そしてまた転校中学卒業まで


また転校してタイに行った。
ここでまた肥える!タイも食べ物が安く、美味しく、どこにでも手に入っちゃう環境だった。

特にインド系の方がつくるプラタという料理が最強のおいしさで安かった。

小麦粉を伸ばし、大量の油の中にドボン!して
砂糖、コンデンスミルクをたっぷりかけてくれる食べ物。これが90円くらいだったかな?
読んでいてわかったと思う。プラタはカロリーも最強だった。

塾の休み時間にインド系の方が出店していたら必ず買っていた。

どうでもいいけどプラタまじおいしいからね。
アジア圏旅行するデブは食べた方がいい。イメージに近いのはこれ

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中学ではなんか可愛くて痩せている子が多かった気がする。
しかも彼ら彼女らは頭もいいのだ。

日本の有名車メーカーや、大手会社の駐在員の子だ。
(自分もそうといえばそうなんだけど格が全然違かった)

お母さんは綺麗な人が多いし、教育にはお金を使う。
厳しい塾に通うだけでなく、数学は個別の家庭教師をつけているんだ。なんて子もいた。
みんな目指す大学は有名大学…みたいな。

努力を沢山している同級生。それに比べて私は勉強もできない。
見た目もデブ。見た目も中身も醜い。

当然友達のように色恋沙汰もない。
悲しいことに一部の男子から陰口も言われたこともある。

デブってどうしようもない存在だ…

タイでの2年間はとにかく自分の自信を超超超失った。
マジで自分は日本で一番頭が悪いと思った。

だから日本に帰ったら高校は神奈川県で一番偏差値の低い高校に行かなくてはいけないと思った。

一時帰国した際に希望する高校に必要な書類を貰いに行ったときに、
別の高校を勧められた。その高校は偏差値58くらいだった。

「え?私日本で一番バカだからこんなところいけるわけない。」と思ってスルーした。

周りは高校受験のために超勉強頑張っている中、私は特に努力もせずに神奈川でも悪名高い高校への入学が決まった。(在校生、卒業生の方ごめんなさい。)

高校入学から卒業まで


この時体重は73キロくらいだった。
タイでの2年間でしっかりと増量をした。

高校に入学するとこれまでに見たことのなかった派手な人達が多くビビった。

「これがギャル…」

平成19年になっっがいルーズソックスを履いた女の子達を目撃するとは思わなかった。
どこで買ってるのか謎だった。

一方でいわゆるオタクといわれる属性も多くいた。
この高校はオタクとギャル・ギャル男で二分する形で自分はちょっとどっちにも馴染みまくれる人間ではなかった。

ここは私にとって初めてすぎる環境だった。

シンガポール、タイよりも。)

 

居心地は良かった。

みんな仲良く。こんな幻想的なものを教師からも友達からも求められることはない。

私らは人生で関わることはない。それが許させる環境でした。

私は今でも仲良くしているデブ友ともここで会った。

(自分のYouTubeチャンネルが伸びるきっかけになったゴミ屋敷の友達です。)

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彼女とは一体何十回

【今度こそ最後のダイエット!】と言っただろうか(笑)

大人になった今でも言ってる。

けど、私はもうほんとに最後のダイエットだから!先に痩せて待ってるねw

そんなこんなで高校ではちょっと太ったり、ちょっと痩せたりを繰り返し結局73キロでいることが多かった。

 

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大学入学から卒業まで

高校を卒業し、これまで以上にアルバイトに精を出した私は実家暮らしなのもあり、自由に使えるお金はまあまああった。

そして、アルバイトの後に21時からジムに行き、筋トレ、有酸素運動と教えてもらった通りの動きを真面目にこなした。

他にも家から数駅先まで歩いたり、走ったり、運動メインのダイエットをした。
 

我が家の母は何故かキッチンを使われるのを嫌う人だったので(きれい好きとかではない)自炊とかはしたくても一切できないし、ダイエットにいいご飯とかはそこまで食べられなかったが、運動のかいあって一番痩せているときで64キロまで落ちた。

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丁度この頃旦那とも出会い、出会ってすぐ結婚前提としてお付き合いをした。

この時が人生で一番痩せていた。

ブラック企業で最上デブに成り上がる


さて、この頃のことは正直思い出したくもありません。
所謂、ブラック企業ってやつを引いてしまいました。
だから詳しくは書けません。

実家を出て関西に行った私のストレスのはけ口は食べることだけです。

元々ストレスがかかると、食にいくところがあるのですが
この時は深夜に外食が当たり前。焼肉、牛丼、ラーメン…
家ではご飯を作る気力もなく冷凍の大盛パスタ。

昼休みもとにかく沢山食べていた。
おかげでブクブクブクブク。

結局この会社は1年半勤めたが、神奈川の実家に戻ってきた時には78キロになっていた。
1年半で10キロ以上も太るなんて、ある意味才能ですよね。

婚姻届を出した日は最も体重が重い時だった


実家に戻ってきたものの、そこまで居心地がいいわけでもなく
すぐに旦那と同棲を始めました。
旦那とは元々関西でほぼ一緒にいましたので、もう一度一緒に住むための家を探すという感じでした。

10月くらいに同棲をスタートさせすぐに結婚しても良かったのですが
記念日を待ってから入籍をしました。

その記念日が私が人生で一番太っていた時だと思います。

なんと84キロ…!

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旦那との同棲再開してからも暴飲暴食はなおらず、こんな体重に…

結婚後~2020年6月まで


結婚後はジムに通ったりもしたのですが、中々痩せずにいました。
その分沢山食べていたからです。

その後すぐに妊娠をし、ジムなどにはいかなくなりました。

妊娠=太る という先入観を私は持っていたのですが、
妊娠発覚時83キロだったのに対し、つわりで食べられなくなった私は78キロまで痩せました。
その後も大体そのくらいをキープしていました。

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しかしある時、私は一生このままの醜い姿のままなの?と思うようになりました。

口では「痩せたい」「ダイエットする」と言っているのに、痩せない私。

圧倒的に行動ができていなから。
このままじゃ一生痩せない。

もっと覚悟を持ってダイエットをしなくてはと思い、
自身のYouTubeチャンネルにダイエット企画動画を出すことにしました。

その結果、およそ3ヶ月で78キロから69キロまで痩せました。(2019年2月→5月)

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しかし、何故かそこからダイエットのやる気を失い
いつの間にか83キロに戻ってきましたwwwwwww

これは食べなければいいという思考だったのが良くないと思います。
食べずにいたので、なんだか元気もなくなるし、肌荒れも良くしていました。

この時のダイエットではPFCの知識も一切なく、カロリーだけを見る状態だったので
今回は真面目に食事面を気を付けてダイエットをしていきます。

折角痩せてきていたのに、すぐにリバウンドをして私はようやく気が付きました。
真面目にダイエットをする。これしかないと。

今後もブログ、Twitter(@kurokichibiyou)でダイエットの様子を発信していくので
ダイエットに取り組んでいる方フォローしてください♪
一緒に頑張りましょう!

予定では12月に新ダイエットチャンネルも開設します♪

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